坐禅会について

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  • #398 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    3月の定例坐禅会

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     3月9日(日)午前6時30分から、月例坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー9名、計10名で坐りました。新到さん(初めて坐禅会に参加する方)1名いらっしゃいました。
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     3月にしては、寒い朝でしたが、春を感じる気候でした。
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     「直指人心 見性成仏(じきしにんしん けんしょうじょうぶつ)」
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     真理は自己の心の外にあるのではなく、自己の心のなかにこそ発見される、真理であるその自己の本性をみるならば、仏となることができる、という意味です。
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     私たちは何かを求めるというと、他にいろいろ求め、彷徨いますが、禅は自分の心に問いかけ自分の本当の姿を看て取れ、という訳です。
     本当の自分、すなわち仏性を直接的端的に把握することをいう訳です。
     皆さま、坐禅にて、本当の自分を発見してみてはいかがでしょうか。
     
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     来月の月例坐禅会は、4月13日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。
                                     K.N 記

    #394 返信
    坐禅会有志(H.O)
    ゲスト

    2月の定例坐禅会
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     2月9日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー6名、計7名で坐りました。冷えたお堂で2月らしい寒さの中、集中して坐禅ができました。
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    「放下著」 (ほうげじゃく)
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     中国の唐の高僧、趙州従諗(じょうしゅうじゅうしん)が、弟子に答えた言葉です。「 著 じゃく 」は命令の 助辞 で放下の意味を強めています。つまり「捨てなさい」ということです。
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     捨てるには、何を捨てるのか自分の執着に気づくことが必要です。禅の修行道場では生活の役割・時間・量が厳密に決まっているそうです。修行の中で、自分の時間もなく不合理で理不尽で不満に思ってはじめて、自分の執着に気づくそうです。
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     執着に気づき、放下して、解釈して、心を整える。
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     僕らも普段の生活で忙しいですが、何に執着しているかに気づき「放下」することで、新しい気づきを得られるかもしれません。
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     次回の月例坐禅会は、3月9日(日)午前6時30分から開催予定です。
    詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。

    #390 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    1月の定例坐禅会
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     1月12日(日)午前6時30分から、本年最初の月例坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー5名、計6名で坐りました。
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     厳しい冷え込みで、寒さに震えながらの坐禅となりました。。
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     「心頭滅却すれば火もまた涼し(しんとうめっきゃくすればひもまたすずし)」
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     人間というのは無念無想の境地に至ったならば、火さえも涼しく感じられるようになるということであります。どのような困難や苦難であっても、それを超越した境地に入ったならば何でもないことになるということであります。いかなる苦痛であっても心の持ち方次第でしのぐことができるということであります。
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     坐禅に集中し、無になれば、寒さも超越できる。そのような境地に少しでも近づきたいものです。
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     来月の月例坐禅会は、2月9日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。
                                  K.N 記

    #389 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    12月の定例坐禅会
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     12月8日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー12名、計13名で坐りました。冬らしい寒さで坐禅に集中できました。
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    仏教の宗派についてご存じですか?
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     日本では、奈良時代から鎌倉時代にかけて仏教が発展してきました。
    奈良時代は大学のように僧侶が学び、平安時代は密教が現世利益を願った貴族へ広がり、鎌倉時代はわかりやすい行為として武士や庶民へ広がり、多くの宗派があります。
    .
     宗派によって大事にしている修行が異なるので、それぞれのお寺で雰囲気が違うことに気づきます。
    私たちがお世話になっている長松寺は鎌倉時代に成立した臨済宗のお寺です。
    坐禅を大事にしています。今年も坐禅会のご参加ありがとうございました。
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     新年の月例坐禅会は、1月12日(日)午前6時30分から開催予定です。
    詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。

    #385 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    11月の定例坐禅会
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     11月10日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー13名、計14名で坐りました。新到さん(初めて坐禅会に参加する方)3名いらっしゃいました。
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     初冬らしい冷え込みで、寒さを感じる朝でした。
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     「日日是好日(にちにちこれこうにち)」
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     お寺の床の間にかかっていた掛け軸の文言です。
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     唐代の禅僧である雲門文偃和尚の有名な言葉です。その語の通りに読めば、「毎日は、良い日である。」という意味です。
     人生においては、「良い」か「悪い」ではなく、如何にして「好ましい」日に出来るかと、前向きに考えることが大切です。
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     今日の一日は二度と来ないかけがえのない一時であり、全身全霊をこめて生きることが好日を見出すことに繋がります。 自らの生き方に好日を見い出すことが大切である、ということなのでしょう。
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     来月の月例坐禅会は、12月8日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。
                                  K.N 記

    #384 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    10月の定例坐禅会
    *
    10月6日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さまと坐禅会メンバー5名、計6名で坐りました。今月は都合により第1週の開催です。涼しい時節で、気持ち良く坐れました。
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    「無心(むしん)」
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    禅語では、無心は心を無くすことではありません。一切の妄念を離れたありのままの心のことを指します。
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    家や職場では常になにかを考えて、心は忙しく動いてます。坐禅では息を数えることに意識を向けます。すると次第に心の動きも穏やかになり、執着ない自然な心が現れてきます。これが無心です。仏は心の中にいると聞きました。坐禅でいつか出会いたいなと思っています。
    *
    来月の月例坐禅会は、11月10日(日)午前6時30分から開催予定です。
    詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。

    #373 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    9月の定例坐禅会
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     9月8日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー11名、計12名で坐りました。
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     残暑厳しい朝でしたが、風が吹くと涼しさを感じられ、境内にも虫の鳴き声が響き、秋を感じる朝でした。
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     「驀直去(まくじきこ)」
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     蒙古襲来時、無学祖元禅師が鎌倉幕府八代目の執権・北条時宗に授けた教えです。
     無学祖元禅師は中国から円覚寺に来ていた禅僧です。
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     「驀直去」とはまっしぐらに一直線に突き抜けろということであります。避けるな、逃げるな。小手先細工では国を救うことはできない、無学祖元はそれを時宗に教えたかったのです。

     苦しかったら苦しみの中に浸りきって、それを突き抜けろと言っているのです。時宗は若かったから、大事を避けようとしました。それに対して、無学祖元はビシッと喝を食らわしたわけです。

     迷った時、臆病になった時、壁に突き当たった時は、自分を信じて、まずやってみる。常にそうありたいものです。
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     来月の月例坐禅会は、10月13日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。
                               K.N 記

    #372 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    8月の定例坐禅会

     8月11日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さまと坐禅会メンバー6名、計7名で坐りました。お盆休みの中、初めての方が2名こられました。

     厳しい暑さですが、今日はお堂に風も入り、夏の終わりを感じる坐禅ができました。来月は少し涼しくなりそうです。
     夏の坐禅で次の言葉が浮かんできました。

    「心頭を滅却すれば 火も亦涼し」(しんとうをめっきゃくすれば、ひもまたすずし)

     子供のときに覚えた言葉です。
    もともとは中国の唐の詩人、杜筍鶴(とじゅんかく)の漢詩「夏日題悟空上人院」の一文です。
    日本では臨済宗妙心寺派の禅僧、快川紹喜(かいせんじょうき)禅師の逸話が有名です。
    戦国時代に織田信長の軍勢は甲府の恵林寺を焼き討ちしました。
    快川禅師は燃えさかる山門でこの言葉とともに。。
    この逸話は涼しくなります。

    来月の月例坐禅会は、9月8日(日)午前6時30分から開催予定です。
    詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。

    #371 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    7月の定例坐禅会

    7月14日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さまと坐禅会メンバー9名、計10名で坐りました。梅雨明け前の雨音を聞きながら、落ち着いた坐禅ができました。

    「一滴潤乾坤(いってき、けんこんをうるおす )」

    北宋の時代の景徳伝灯録にある、ひとしずくの水が天地を潤すという禅語です。達磨大師の教えを一滴のしずくにたとえ、その一滴が秘めている力を表現しています。最初の一滴に想いを馳せる解釈が好きです。

    来月の月例坐禅会は、8月11日(日)午前6時30分から開催予定です。詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。

    #335 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    6月の定例坐禅会

     6月9日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー12名、計13名で坐りました。新到さん(初めて坐禅会に参加する方)1名いらっしゃいました。

     6月にしては、涼しい朝でした。湿度が高かったのですが、坐禅をするには最適な朝でした。

     「己事究明(こじきゅうめい)」

     坐禅は何のためにするのでしょうか。あえて言葉にするならば、仏法を体得するためです。そうすることで、「自分とは何者か」「なぜ自分は生まれてきたのか」などという人生の根源的な問題を解こうとしているのです。それは、「己事究明」と言い換えてもよいでしょう。禅の修行は、「己事究明」そのものの道でもあります。

     己事究明とは、簡単に言えば「本来の自分を追究すること」です。「本来の自分」と言葉で言うのは簡単ですが、「自分はこういう人間だ」「こういう生き方をしてきた」などと言葉で表現できるうちは、真の己事究明ではありません。文字や言葉で表現できる「己事」を超えたときに真の「究明」になるのです。

     坐禅にて「本来の自分」を見つめ直してはいかがでしょうか。

     来月の月例坐禅会は、7月14日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。
                             K.N 記

    #279 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

     5月12日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー11名、計12名で坐りました。新到さん(初めて坐禅会に参加する方)2名いらっしゃいました。

     5月らしいさわやかな気候で、坐禅をするには最適な朝でした。

     「人間の好時節(じんかんのこうじせつ)」

      春、百花あり。
      秋、月あり。
      夏、涼風あり。
      冬、雪あり。
      もし、閑事の心頭に挂ることなくんば、すなわちこれ人間の好時節。

     これは、禅門で有名な「無門関」にある偈(詩)です。
     春は百花爛漫として咲き綻び、秋は月が美しい。
     夏は涼しい風が吹き、冬はすがすがしく雪が降る。
     つまらぬことにあれこれ思い煩うことがなかったら、春夏秋冬、いつでも人間にとって好時節である、というのである。
     春夏秋冬、それぞれ趣があって、誠に結構な四季の移り変わりですが、それなのに嘆き悲しみ瞋り、悩むのは一体どういうわけでしょう。
     それは、余計な分別、要らざる計らいがこころの中にモヤモヤしているからで、これさえなければ春夏秋冬いつでもすがすがしい好時節であります。

     皆さま、坐禅にて、心の中のモヤモヤを整理してみませんか。

     これからは、暑い季節となります。当坐禅会では、短パンでの参加はご遠慮いただいております。上着は半袖でかまいませんが、タンクトップ、ランニングシャツ等の露出度の高い服装はご遠慮ください。

     来月の月例坐禅会は、6月9日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。
                             K.N 記

    #278 返信
    坐禅会有志(H.O)
    ゲスト

    4月の定例坐禅会

    4月14日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さまと坐禅会メンバー11名、計12名で坐りました。涼しく穏やかな気候で、坐禅に集中できました。春はよいですね。

    「三人同行、必有一智(さんにんどうぎょうすればかならずいっちあり)」論語 述而第七21

    三人いれば、自分の師となる人は必ずいるという意味です。坐禅会では、話さずともお互いを意識することで多くを感じとれます。
    所作をみて、ふと湧いて出る気づきは得難いものです。先輩が久方ぶりに坐禅会に参加しました。またご一緒できて嬉しく思います。

    来月の月例坐禅会は、5月12日(日)午前6時30分から開催予定です。詳しくはサイトのお知らせ、および催事・行事の坐禅会の項目をご覧ください。

    #105 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    3月10日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さんと坐禅会メンバー9名、計10名で坐りました。新到さん(初めて坐禅会に参加する方)1名いらっしゃいました。
     3月にしては、厳しい冷え込みの朝でしたが、皆さん、寒さに耐え、坐禅に励んでおりました。
     「四弘誓願(しぐせいがん)」
     衆生無辺誓願度 (しゅじょう・むへん・せいがんど)
     煩悩無尽誓願断 (ぼんのう・むじん・せいがんだん)
     法門無量誓願学 (ほうもん・むりょう・せいがんがく)
     仏道無上誓願成 (ぶつどう・むじょう・せいがんじょう)
     衆生は無辺なれども 誓ってどせんことを願う
     煩悩は尽きることなけれども 誓ってだんぜんことを願う
     法門は無量なれども 誓ってまなばんことを願う
     仏道は無上なれども 誓ってじょうぜんことを願う
     『四弘誓願(しぐせいがん)』とは、菩薩(ぼさつ)が起こす4種類の誓願のことです。ほとんどの宗派で読まれるお経です。
     仏道に目ざめ、さとりを得ようと努力する者を「菩薩」と呼びます。言い換えれば、仏教の信心を持ち、仏教のおしえに則った正しい生活をしている人は、すべて菩薩と呼べるのです。菩薩は、自身のさとりを求める(自利・じり)だけでなく、それ以上に、困っている・迷っている・苦しんでいる人やものに対して、慈悲と救いの手をさしのべる(利他・りた)という心がけを、常に持っていなければなりません。
     常にこのように心掛けたいものです。
     来月の月例坐禅会は、4月14日(日)午前6時30分から開催予定です。
     是非、ご参加ください。
     詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。
                             K.N

    #104 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    2月11日(日)午前6時30分から、月例の坐禅会が開かれ、和尚さまと坐禅会メンバー8名、計9名で坐りました。寒い朝でしたが、集中して坐ることができました。
    龍吟雲起(りゅうぎんじてくもおこる)
    碧巌録九十九則垂示
    龍が空で吟ずると雲がおこるように、力量のある人のまわりには自然に人が集まる。禅語の一つです。今年の干支にちなみ、茶礼のお部屋に飾ってありました。禅語との出会いも楽しいものです。
    来月の月例坐禅会は、3月10日(日)午前6時30分から開催予定です。詳しくはサイトのインフォメーション、および、坐禅会の項目をご覧ください。

    #103 返信
    坐禅会有志
    ゲスト

    興禅大燈国師遺戒(こうぜんだいとうこくしゆいかい)
    汝等諸人(なんじらしょにん)
    此山中(このさんちゅう)に来(きたっ)て道(どう)の為(ため)に頭(こうべ)を聚(あつむ)む
    衣食(えじき)の為(ため)にすること莫(なか)れ
    肩(かた)あって着(き)ずということなく
    口(くち)あって食(くら)わずということなし
    只須(ただすべか)らく十二時中(じゅうにじちゅう)
    無理会(むりえ)の処(ところ)に向(むか)って
    究来(きわめきた)り究去(きわめさ)るべし
    光陰箭(こういんや)の如(ごと)し
    謹(つつし)んで雑用心(ぞうようじん)すること莫(なか)れ
    看取(かんしゅ)せよ 看取(かんしゅ)せよ
    老僧行脚(ろうそうあんぎゃ)の後(のち)
    或(あるい)は寺門繁興(じもんはんこう)
    仏閣経巻(ぶっかくきょうかん)金銀(きんぎん)を鏤(ちりば)め
    多衆閙熱(たしゅにょうねつ)或(あるい)は誦経諷咒(じゅきょうふうじゅ)
    長坐不臥(ちょうざふが) 一食卯齊(いちじきぼうさい)
    六時行道(ろくじぎょうどう)
    直饒(たとい)恁麼(いんも)にし去(さ)ると雖(いえど)も
    仏祖不伝(ぶっそふでん)の妙道(みょうどう)を以(もっ)て胸間(きょうかん)に掛在(かざい)せずんば
    忽(たちま)ち因果(いんが)を撥無(はつむ)し真風地(しんふうち)に墜(お)つ
    併是(みなこれ)邪魔(じゃま)の種族(しゅぞく)なり
    老僧(ろうそう)世(よ)を去(さ)ること久(ひさ)しくとも
    兒孫(じそん)と称(しょう)することを許(ゆる)さじ
    或(あるい)は一人(いちにん)あり野外(やがい)に綿絶(めんぜつ)し
    一把茅底(いっぱぼうてい)折脚鐺内(せっきゃくしょうない)に野菜根(やさいこん)を煮(に)て喫(きっ)して日(ひ)を過(すご)すとも
    専一(せんいつ)に己自(こじ)を究明(きゅうめい)する底(てい)は
    老僧(ろうそう)と日々(にちにち)相見(しょうけん)報恩底(ほうおんてい)の人(ひと)なり
    誰(たれ)か敢(あえ)て軽忽(きょうこつ)せんや
    勉旋(べんせん) 勉旋(べんせん)
    2024年01月14日 (日) 10時54分

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